ネパールインターン生の奮闘記

さまざなキッカケから、なぜかネパールに1年間インターン生として活動している「なお」「あかりん」「あまのっち」。わたしたちの葛藤と日々の挑戦。

Eberestbiu

大祭ダサインを初体験!! 幸せってなぁんだっけぇーっていう歌を思い出す

 

ダサイン フェスティバル

 

それはネパールで一番大きく、大切なお祭り。
日本のお正月のよう。
家族、親戚が集まって、なにをするわけでもなく
一緒に時間を過ごす。

 

多くの人が首都のカトマンズに住んでいるので、
この期間はカトマンズからたくさんの人が故郷に帰省する。

 

ぼくもネパール人の友だちのふるさとに
6日間、お邪魔させてもらいました。

 

今日はネパールでのはじめての大きなお祭りを
村で過ごしたという話しです。

 

f:id:Everestbiu:20181023185149j:plain

(左が友だちのバッタさん)

 

お邪魔したのは、バッタさんのお家。
普段はカトマンズ日本語学校NPOを経営しています。
日本渡航経験があり、近い将来、日本の大学院に通う予定だとか。
日本語はおそらくN1レベルで
ぼくが会ったネパール人の中で、一番、日本語が上手。

 

f:id:Everestbiu:20181023185435j:plain

f:id:Everestbiu:20181023185440j:plain

 

バッタさんのふるさとは
カトマンズからバスで5時間、ポカラの近く。

 

大きな建物はなにもない、家がポツンポツンとあるだけの
とーーーーーっても静かな田舎。

 

f:id:Everestbiu:20181023185705j:plain

 

ダサインのメインイベントであるティカと呼ばれる
おでこに赤い印(お米)をもらいます。

 

年上からもらって、その人が
「かしこくなりますように」
「偉大な人になりますように」
と祈ってもらいます。

年配者の声が神様に届きやすいのだそう。

f:id:Everestbiu:20181023193144j:plain

 

村ではちょーーーっとだけ村のお手伝いをしたりして
過ごしました。

 

f:id:Everestbiu:20181023193305j:plain

 

そしていつもいつも
とっっっっても美味しいごはんを頂きました。

 

ヤギ肉や山菜、果物。
ぜんぶ、美味しかった。

 

f:id:Everestbiu:20181023193404j:plain

 

最後はお世話になった、みんなで
記念撮影しておわかれ。

 

また来てねと。

 

感じたこと

さてさて、この貴重な体験で
感じたことはとっても大きかったです。

 

村では仕事がありません。
ぼくがいった家のお母さんもお父さんも仕事はしていません。

 

でもかかるお金がすくないのも事実。
買い物のお金と交通費、たまに買う服のお金くらいで
月に1万5千円あれば良いそう。

 

いうなれば自給自足。
仕事のしてないニートとともとれるかもしれない。
貧困ともとれる。

 

他人からどういう風に思われようが、
一番重要で大切なのは

 

「自分が幸せを感じているか」

 

6日間の滞在で
一度、お母さんが涙した瞬間がありました。

それはティカをするとき。
お母さんは悲しくて泣いていた。

長女の息子がオーストラリアに出稼ぎに行っていて、
今年のダサインにいなかったから。

 

「あ、この人の幸福の軸は家族なんだ」

「一人でもいないと涙するほど悲しいと思うんだ」

 

と軽くショック(衝撃)を受けた。

きっとあのお母さんは
月1万5千円かかるところ、5千円しかお金がなかったとしても
涙はしない。

 

服が汚れて破けて、新しいものを買えなくても、
惨めだとは思わない。

 

どういう状況が
「必要最低限の文化的生活」なのか
それは人によって異なる。
大きく、異なる。

 

他人から干渉されるようなことではない。

 

じゃあ、ぼくはなにに幸せを感じるのだろう。

きれいなお嫁さんと子供で、
静かな田舎で自給自足の生活だろうか

と考えると、
ぼくは違うんだ。

ぼくはなにか刺激を求める。
資本主義の中で戦って、
世の中の理不尽と戦って、
誰が見ても不公平な立場にある人の味方でありたい。

 

田舎でゆっくりと親戚・家族一同だけで
いきていくのは、なにか違うんだ。

 

しかし、同様に
東京のメガ・ビック会社でエリート街道を歩むのも
興奮しない。

 

じゃあぼくは何に幸せを感じるのだろうか。

 

自分自信のことは
わかるようで、全く分からない未知の世界。

自分を理解できるように
なりたい。